とれたての魚に温泉を添えて 美味しさのポテンシャルは無限大
otto e sette oita(オット エ セッテ)オーナーシェフ 梯 哲哉さん
2024年11月に大分県で開催される「第43回全国豊かな海づくり大会」に向けて、関連イベントや本番当日のおもてなしの準備が着々と進んでいます。その一つ、大会当日に招待者に提供する大分の魚と食材がたっぷり詰まった、スペシャル弁当の開発プロジェクトがひそかに進行しています。この弁当をプロデュースするのが、“おんせん県おおいた”らしいイタリア料理を手掛ける『otto e sette Oita(オット エ セッテ オオイタ)』(以下『otto e sette』)のオーナーシェフ、梯哲哉(かけはし てつや)さんです。
今回は大分の食材を熟知した梯さんに、料理人目線で大分の魚や食の魅力を語っていただきました。
大分が誇る温泉地ならではのイタリアン
別府・鉄輪温泉で明治時代から続く湯治宿・鉄輪柳屋の一角にある『otto e sette』。レストランの入り口にたどり着くと、もうもうと舞う温泉蒸気の中から梯さんが出迎えてくれました。
梯さんは福岡県出身。もともとは出版物のDTPオペレーターを生業にしていましたが、イタリア料理の世界に飛び込むことに。その後、縁あって由布院の名旅館・山荘 無量塔の厨房を長年任され、そこで研鑽を重ねて独立。2015年に『otto e sette』をオープンしました。同店の料理は、温泉の蒸気を使って食材を蒸す調理法・地獄蒸しと、温泉水そのものを使って調理する“温泉イタリアン”という新たなジャンルに昇華させています。当日は特別に厨房へ入れてもらい、目の前で温泉イタリアンの極意を見せてもらいました。
梯さんのこだわりはできるだけ大分の食材だけを使用すること。「風土豊かな地に住んでいるからこそ、地元の素材を使った料理を出したい」と、直接、生産者から仕入れたり、その季節に並ぶものを直売所などに足を運び、直接目で見て厳選。魚は市場などから仕入れています。食材から調理方法まで徹底的に大分にこだわっています。
大分の魚×イタリアン×温泉=最高のトリオ
本日のメイン料理は「かぼすブリの地獄蒸し」。
かぼすブリは、大分県産かぼすを餌に混ぜて育てた養殖ブリ。ブリの旨味を引き出すために自家製の塩麹をまぶし、芽キャベツや菜の花、カリフラワーなどと一緒に厨房内の地獄釜で蒸していきます。
「野菜は茹でると味と栄養分が流れてしまうものが多いので、蒸すのが一番。温泉の成分は味と食感に作用します」
蒸し器のふたを開けた瞬間、100℃の噴気で一気に蒸気が立ち昇り、厨房が硫黄の香りに覆われました。天候や気候によって変化する温泉蒸気の温度や圧力をうかがいながら、蒸し時間を調整していきます。焼き加減や温度、時間を設定できるコンベクションオーブンなら管理しやすいのでしょうが、温泉のスチームと成分の力が絶妙な食感と食材本来の味を引き立て、旨味が凝縮されていくそう。手間暇をかけ、自然の偉大さが生み出す味わいが地獄蒸しにあるのです。
コンロに置かれた大きな寸胴になみなみと注がれた水。実はこれ、温泉水なのです。
「鉄輪の温泉で初めてパスタを茹でた時は衝撃を受けました。いつもと全く別のパスタに変身したんですよ。この感動が温泉で料理をする面白さを知るきっかけになりました」
鉄輪温泉の泉質である塩化物泉はパスタの茹で加減を特別なものにするだけでなく、鉄分の強い塩気が含まれているため、そのまま温泉水とオリーブオイルだけで十分に味が決まるのだそうです。
約10分かけて蒸し上がったかぼすブリは、それこそ“湯あがり”のように、しっとりつやつや、身はふっくら。野菜の色が濃くなったのも温泉効果なのでしょう。カラフルなコントラストが美しく、思わず見とれてしまいます。
さっそく試食。身が引き締まっていたブリは、箸で上げただけで瞬時に柔らかさを感じ、口に入れると身がほどけながら、ほろほろ旨みが溶け出してきます。そのあとから芽キャベツのみずみずしさとシャキシャキ感が押し寄せ、温泉水とオリーブオイルで蒸したロマネスコはふかふかで塩加減も抜群。香ばしくて複雑な風味が鼻から抜けていきました。いろんな食感が口の中で一体となり、咀嚼しながら思わず口角が上がってきます。
「味噌とカカオをブレンドしたパウダーのおかげですね」と梯さん。そう、仕上げにトッピングしたパウダーが、ブリと野菜の味に深みを醸し出す正体だと種あかしをしてくれました。
続いてパスタ。
アクアパッツァと同じ要領でフライパンに国東産のオリーブオイルとニンニク、鷹の爪を入れて弱火にかけ、香りをじっくり抽出します。そのオイルを強火にかけ、国東産のマダイの切り身、そして温泉水を入れてふたをします。強火にすることでマダイの香りとたっぷりの出汁が溢れるソースが仕立てあがり、そこに白菜、かつお菜などの野菜をイン。塩トマトは余熱を通すだけ。温泉で茹でたパスタをソースに絡め、仕上げにローズマリーを入れたら、あっという間に「マダイと塩トマトの温泉パスタ」の出来上がりです。
モチモチしながらグッと引き締まった歯ごたえのパスタ。ふっくらしたマダイの身からはコクのある脂がじゅわっと染み出ます。唐辛子とローズマリーのキレも効き、日出町産の塩トマトがマイルドに包み込む味わい。こちらも魚の身に熱を通したあとにも関わらず、しっかり鮮度がキープされていました。
大分でとれるものを、大分で食べる贅沢
梯さんは大分の魚にどんな魅力を感じているのでしょうか。
「大分の魚はとにかく“美味しい”の一言です。 “美味しい”にもいろいろな要素が含まれますが、鮮度が高いこと、季節を楽しめること、それぞれの魚に個性があることです。たとえば同じ大分県産でも、国東半島のマダイと豊後水道のマダイは違います。それによって料理方法を変えるのも面白い」
潮流の違いや土地の豊かさが魚の味に与える影響力、さらには季節に応じた魚種の多彩さが大分の魚にはあるといいます。
「でも、そこに甘えてはいけません。料理人の技が伴わなければ“美味しい”を格上げできないんです」
料理とまっすぐに向き合う梯さんにとって、“地獄蒸し”はアプローチ方法のひとつ。自然界の気分次第で毎日のコンディションが変わる地獄蒸しを相手に、これまで培ってきた経験と舌が“美味しさ”に磨きをかけ、唯一無二の温泉イタリアンを育てているのです。
地獄エナジーでおさかな天国♪
みなさんも「おさかな天国」を口ずさみながら、“美味しい地獄”を楽しみませんか。
梯さんにとって、大分の魚とは?
魚の種類で四季を感じられ、料理次第で幾通りにもアレンジできる。料理するのも、食べるのも、楽しみそのもの。その日に仕入れた魚をもっとも美味しい状態で提供できるよう、直前までメニューを考えます。どのように料理をするか悩む時間は、自分自身と対峙する時間でもあります。