地域を越えて守られる島の宝【くろめ(津久見市)】

無垢島漁師・桝本武敏さん、泊ヶ内漁師・吉良学さん

無垢島で暮らす桝本さん(左)と、臼杵市の吉良さん(右)

大分県南部の日豊海岸沿いには離島が多数点在しています。津久見港から16キロ沖合に浮かぶ無垢島(むくしま)は、大分県下で人が住む離島の中ではもっとも小さな島です。地無垢島(じむくしま)と沖無垢島(おきむくしま)のふたつが、ひらがなの「い」の字のように並んでいますが、現在は22人の島民が地無垢島で暮らしています。

もちろん島の周りは、豊富な魚介が生息する豊かな漁場。今回は、この海で毎年1月半ばから始まる「くろめ」漁のお話です。

くろめといえば、 棒状に巻いた形が一般的。
漁師町ならではの特産物は美味しくて栄養たっぷり

大分県で「くろめ」と呼ばれているものは、標準和名を「カジメ」といい、本州中部太平洋沿岸や四国、九州に生息するコンブ科の褐色海藻です。カルシウムや鉄分、食物繊維など栄養も豊富で、刻むと独特の粘りと磯の香りがあるのが特徴です。特に、この粘り成分には、コレステロール低減や血圧上昇抑制などの効果があるとされる「フコイダン」が多く含まれており、「海の薬草」ならぬ「海の薬藻」と呼んでもいいでしょう。

大分県では、津久見市の無垢島と大分市佐賀関の高島が、くろめの漁場として知られています。刻んで味噌汁などに入れて味わうなど、楽しみ方は様々。最近では大分市内のスーパーでもよく目にするようになりましたが、ひと昔前までは佐賀関から津久見までの海沿いの地域限定で食べられていた、知る人ぞ知る漁師町グルメでした。

水揚げされたくろめ。根本を残して70センチ程度を刈り取る。
無垢島の入会(いりあい)漁場は4地域の漁師で交わされる信頼の証

無垢島のくろめ漁は、船の上から箱メガネで海底を覗いて刈り取る「磯突(いそつき)漁」と、素潜りで海中に潜って刈り取る「潜水漁」の2種類があります。磯突漁は1月15日から2月末日まで、潜水漁は4月1日から3日までと、いずれも新芽が伸びるわずかな期間に厳しく限定されています。

複雑なのは、無垢島で漁を行えるのが津久見だけでなく、臼杵・佐賀関・保戸島の4地域の漁師だということ。これは無垢島が江戸時代まで無人島で、どの地域に所属するのか明治になってもはっきり決まらなかったことに由来しています。そのうえで津久見市となった無垢島は大分県漁協津久見支店の管理となっていますが、これまでの歴史を踏まえて臼杵・佐賀関・保戸島の漁師も漁ができる入会(いりあい)漁場となっており、4地域・13人の漁師がくろめ漁を行っています。県境となる海の上ではなく、陸地に近い島の周辺が入会漁場になるのは珍しいケースだそうです。

無垢島版・入会漁場では漁の期間だけでなく、いろいろな決まりがあります。それぞれの地域が出せる船の数などもそうですが、採取量に至っては船1隻でコンテナ5箱(巻いた状態のくろめであれば150本以内)が1日の上限と定められています。これは「貴重な水産資源を将来に残していこう」という共通の思いからで、このように無垢島のくろめ漁は4地域の漁師たちの信頼のうえで成り立っているのです。

吉良さんが住む臼杵市泊ヶ内の港。左に無垢島が見える。
ふたつの島が並んだ無垢島。
限られた収穫期間に可能な限りの刈り取りを

臼杵市泊ヶ内(とまりがうち)の吉良学(きらまなぶ)さんは、この道30年になる潜水漁を主とする漁師。普段は地元地区や無垢島の周りで潜水漁によりアワビやサザエなどを採っていますが、くろめ漁が解禁になると専用の道具を積んで厳寒の海へと船を出します。

「約3メートルもある長い竿に特注の“わかめ鎌”を取り付けて、船の上から身を乗り出して箱メガネを覗きながら刈り取っていくんです」

わかめ鎌は水の抵抗を少なくするため細身ですが、竿が長いため、特に潮の流れが速い時は扱いが難しく、両腕に相当な負担がかかる重労働になります。しかも片手に箱メガネ、片手にわかめ鎌が取り付けられた長い竿と、体勢も不安定。危険を伴う作業だけに、海が荒れるとくろめ漁に出られない日が続きます。

「今年は時化(しけ)の日が多く、例年になく漁に出られませんでした」と苦笑いする吉良さん。実際、取材で漁に同行しようと期間中に3回ほど現地を訪ねましたが、強風で出漁できずじまいで漁期が終了してしまいました。「出漁できないのであれば、漁期を延ばせばいいのでは?」と思いますが、そこは厳密に決められたルール。自然が相手なので仕方ないと割り切るしかないのです。

次にくろめ漁が出来るのは、潜水漁が許される4月1〜3日の三日間だけ。短い期間ではありますが、潜水漁を得意とする吉良さんが本領を発揮する舞台です。

「潜水漁になると比較的扱いやすい小さな鎌を使います。一度の潜りで10数本を刈り取り、手にいっぱい抱えて海面へ持ち運びます

朝7時から昼過ぎまで、1日に採取できる制限に達するまで何度も潜水を繰り返すそうです。

磯突漁業で使われる箱メガネ。木製なので重さもかなりある。
ワカメ切り鎌は細身で独特な形。
くろめの粘りを生かしたアレンジを楽しみませんか

刈り取ったくろめは、そのまま業者へ納める場合もありますが、2〜3枚の葉を1本の棒状に巻き上げた状態で出荷することも多いようです。現地では、寒風に吹かれながら浜辺や作業場で巻き上げていく姿をよく見かけます。くろめは人間の体温を感じるだけでもヌメリが出るため、体温を伝えず素早く、かつ丁寧に巻きあげるのは至難の技ですが、棒状に巻くことで空気に触れず傷みにくくなるそうです。巻きがシッカリしていれば冷凍にしても霜が付きにくく、滲み出る水分も少なくなります。一年中、美味しい冷凍くろめを食べられるのは、長年かけて培ってきた漁師の皆さんの経験と技術があるのです。

食卓に届けられたくろめは、細かく刻んで調理します。棒状に巻き付けられたくろめの先端には竹串が刺さっており、これを外すとくろめがバラけてしまうため、串の反対側から刻みはじめ、先端まで来たら串をスルリと外すのがポイントです。熱々のお味噌汁や吸い物に入れると、黒色だったくろめが濃緑色に変わり、ふわりと磯の香りを漂わせたトロリとした食感が味わえます。

汁物のほかにも、醤油やカボス汁、ゴマなどをかけておつまみにしたり、ご飯の上にのせて豪快に醤油やポン酢をかけたり、さらにはうどんや蕎麦のトッピングにしてみたり…。アレンジ次第で様々な食べ方が楽しめそうです。

浜辺でのくろめ巻き風景は、早春の風物詩。
熟練の技で手際よく巻き上げる。
海と生きる男たちが描く思いはひとつ

磯の風味と海の栄養分がたっぷりのくろめは、美容にもいい健康食品としての評価が高まっています。現在は1本巻きだけでなく、ハーフサイズやスライスしたものなども販売され、さらに食べやすくなってきました。その一方で、無垢島で暮らすベテラン漁師の桝本武敏(ますもとたけとし)さんは、次のように話します。

「昔は地元の漁師めしだったくろめが、今では多くの人に喜ばれるようになり、私たちも嬉しい。需要があるということは、収入にもつながりますからね。でも、海で採れるくろめの量そのものは変わりません。それにくろめは、アワビやサザエなどの餌でもあります。人間の都合で勝手な採り方は出来ない。だから、みんなでルールを守っていかねばなりません」

海の自然環境に変化の兆しが見え始めた今、「貴重な水産資源を守っていこう」と先人から託されたバトンは地域を越えてつながっていきます。

刻んで味噌汁に入れると、磯の風味が豊かに香る。

桝本さん、吉良さんにとってのくろめとは

無垢島の豊かさの象徴。くろめそのものも美味しいし、サザエなども育ててくれる。くろめ漁が終わると春が来たと実感しますね。