故郷で育つ海の幸を未来へつなぐ【岬ガザミ(豊後高田市)】
大分県漁業協同組合香々地支店 羽迫晃さん
ガザミが豊富に獲れる豊後高田市香々地では、「岬ガザミ」というブランド名で全国出荷を行っています。
夜になると海を泳いで渡り歩くガザミは、別名「ワタリガニ」とも呼ばれています。まるで怪獣のような響きを持つ名前になったのは、見るからに強靭で大きなハサミを持つので、「カニハサミ」という呼称が訛って「ガザミ」になったと言われています(諸説あり)。最近は『あつ森』こと、人気ゲームソフト『あつまれ どうぶつの森』で獲れる海の幸として、その名を知るようになった人も多いようです。
祖父、父と3代続いて香々地の沖合でガザミ漁を行う羽迫晃(はさこ あきら)さんを訪ねてきました。
香々地の海で育った岬ガザミは地元の誇り
高級カニといえばタラバガニやズワイガニを思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、ガザミの存在感も見過ごせません。その胴体にタップリ詰まっている繊維質の身は、歯応え、旨味、甘みは、カニの中でもダントツと評判なのです。
豊前海の豊かな干潟で育ったガザミは、浅瀬から深い海へと回遊しながら成長を続け、香々地の沖合が好漁場となっています。大分県漁業協同組合香々地支店では、水揚げされたガザミの中でも350グラム以上の大型のものを「岬ガザミ」ブランドとして出荷。その厳密な品質管理が評価され、2013年に地域団体商標に登録されました。
こだわりの刺し網漁で大物を狙う
夜明け前、羽迫さんの船が豊前海へと繰り出していきます。
オスとメスでは身の入り具合が異なり、オスガニの旬が8〜10月、メスガニは11〜12月に旬を迎えます。取材したのは11月半ば。夏から続いたガザミ漁も、そろそろ終盤に近づいた頃でした。
船を走らせること約30分。沖合3キロほどの海面に浮きを見つけました。前日に仕掛けた網の目印です。ガザミ漁はおもに、餌を入れたカゴの中に呼び込む「カゴ漁」と、海中に網を仕掛ける「刺し網漁」に分かれています。現在ではほとんどの漁師がカゴ漁を行うのですが、刺し網専門で漁をしているのは羽迫さんしかいないそうです。
「それぞれ一長一短あるから、どちらが良いってわけでもないんですけどね。私は刺し網のほうが大きなガザミが獲れると思うんですよ」
この辺りの水深は30メートル弱。海底に、長さ1000メートル・幅2メートルの網を広げるのが刺し網漁です。獲物(ガザミや魚)が網に刺さったように獲れることが、その語源です。
「せっかく取材に来てくれたから、大きいガザミがかかっていると良いけどね」
こう話しながら網を巻くローラーのスイッチを入れる羽迫さん。相棒の吉永さんと2人で引き寄せながら、次々と網をまとめていきます。そこにタイやベタ、エイやハモなど、ガザミ以外の魚がかかっています。残念ながら、それと同じくらい引き揚げられてくるのが、お菓子のパッケージなどのプラスチックごみという現状も目の当たりにしました。
これが俺たち香々地の岬ガザミだ!
「実は、ひと昔前ほどガザミは獲れなくなったんですよ。今は20年前の5分の1程度ですかね。こうして網を見てみると、網に着く藻が少ないことが分かるでしょ。海中に藻が少ないと、そこに小魚とかが棲みつかないんです。温暖化やごみなど、いろんな要因があるんでしょうけどね」
網の巻き取り作業を進めるうちに、だんだんと空も白み始めてきた頃、「やっと来た!」の声とともに、網にかかった大きなガザミを目にしました。
サイズも大きく、絡みついた網を丁寧に外しながら、吉永さんが脚(ハサミ)と甲羅をゴムで手際よくまとめていきます。そこには「岬ガザミ」と書かれた立派なタグが誇らしげに揺れています。
2枚仕掛けていた刺し網を巻き上げ、港に帰ってきたのは3時間後。この日の収穫は10パイのガザミで、いずれも堂々と「岬ガザミ」を名乗れるものばかり。もっとも大きいものは820グラムもありました。
地域がひとつになって「岬ガザミの棲む海」へ
港に戻って、「なかなかの成果じゃないですか」と羽迫さんに声をかけたのですが、「これでも昔とは比べものにならないくらい少ないですよ」と苦笑い。香々地の“海の幸”の激減具合を、深刻に感じているのがわかりました。
漁協では、ガザミの減少を防ぐため種苗放流を継続的に行なっています。それもただ放流するのではなく、地元の子どもたちに放流してもらうことで岬ガザミへの理解や愛着を深めてもらおうと、春の学校行事として行われています。2022年からは、これまで難しいとされてきたガザミの養殖にも取り組み、その安定供給に努めているとのこと。
取材した日は、地元の小学校でガザミの「浜ゆで」実習も行われました。放流も、浜ゆで実習も、漁協の青年部に所属する漁師が中心となって行っており、調理室には子どもたちとガザミをゆでる羽迫さんや吉永さんの姿もありました。
ゆであがったばかりのガザミは、この日の給食にさっそく登場。子どもたちは食を通して、故郷の食の豊かさと愛着を深めていました。
「岬ガザミは、濃厚な旨みたっぷりな香々地の名物。絶えることのないよう、私たちが豊かな海を次の世代に残していかないと」
「獲る漁業」と「つくり育てる漁業」。ふたつを両立させながら、地域ぐるみで豊かな海づくりに向けた歩みを進めていきたいと、羽迫さんはじめ漁協の皆さんの思いが伝わってきます。
香々地の人たちの心をひとつに…。「あつまれ 岬ガザミの棲む海へ」ですね。
羽迫晃さんにとっての岬ガザミとは
地元・香々地で暮らす人と、香々地を訪れる人とを繋いでくれるもの。毎年、この味を求めて来てくれる人の喜ぶ顔を見ることが、ガザミ漁の励みになっています。