愛情たっぷりに育てられた清流の女王【アユ(日田市)】

日田漁業協同組合 代表理事組合長 手島 勝馬さん

日田の夏の風物詩といえば、三隈川の鮎を思い浮かべる人も多いことでしょう。奥日田を流れる大山川と、天瀬から流れ込む玖珠川が合流する三隈川は、遠く有明海へと連なる筑後川の上流部にあたります。奈良時代に編纂された『豊後風土記』(733年)にも紹介されている三隈川の鮎ですが、大分県出身の美食家・木下謙次郎が執筆した究極のグルメ本『美味求真』(1925年)では「我が国第一の称あり」とまで讃えられています。

鮎の稚魚放流と養殖に取り組む日田漁協の手島勝馬代表理事組合長を訊ねてきました。

炭火で香ばしく焼き上げられる日田鮎やな場茶屋の鮎
三隈川の鮎を未来へ残すために

鮭や鱒と同じように海と川を旅する魚として知られる鮎は、わずか1年で命を終えるため「年魚」とも呼ばれています。その生涯は秋から初冬にかけて始まり、川の中流と下流の境目あたりの川底に産卵された卵から孵化した稚鮎は、川の流れに乗って海に下ります。海岸近くの浅瀬で春になるまでプランクトンを食べて成長した後、水温が温かくなってくると遡上を開始。自らが生まれた川まで群れをなして昇りつき、夏の間は川底の石についた苔や藻をお腹いっぱい食べます。そのうち秋になって水温が低下してくると、再び下流域へ降りてきて浅瀬で卵を生みつけ、儚い一生を終えるのです。

大分県内でも大分川、大野川、山国川、番匠川などは、このような鮎の天然遡上が見られます。しかし九州最大の一級河川である筑後川ともなると、流域にダムや水門などの構造物が多数あるため、なかなかそうはいきません。手島組合長は次のように話します。

「1954年に水力発電を担う夜明ダムが造られ、1973年には上流に多目的ダムとなる下筌ダムと松原ダムが完成し、日田漁協の管内はダムに挟まれるようになりました。それ以前は下流の筑後大堰あたりで産卵して有明海で育ち上がり、三隈川まで自然遡上してくる鮎もいましたが、夜明ダムは魚道がないので鮎が遡上できなくなったのです」

これを受けて日田漁協では、鮎の中間育成と稚魚の放流、さらには河川の水質保全に取り組みを開始したといいます。

全22面の人工池を擁する中間育成種苗センター
年間100万尾の稚鮎を育成し、放流している
清らかな水を証明するバロメーター

1978年に設置された中間育成種苗センター(日田市大山町)は、鮎の12面をはじめホンモロコや鯉など全22面の人工池を擁する養魚場です。放流用として以前はウナギの稚魚も育てていたのですが、シラスの価格高騰により今は鮎だけを育てています。

「0.5グラム程度の稚鮎を大分県漁業公社などから年間100万尾ほど購入して中間育成し、1尾が5〜6グラムになる頃合いを見て放流します。そのうち約5万尾はそのまま育てて、第三セクターで運営している『日田鮎やな場茶屋』で料理として振る舞い、旅館や飲食店への販売、鮎釣り選手権や子ども向けのつかみ取り大会などのイベントにも出荷しています」

鮎は濁った水中では生きられず、見方を変えれば鮎が育っている河川は澄んだ水であることを証明しているといえます。中間育成種苗センターでは、可能な限り地の物に近い環境で育てることに努めています。

水車がまわる人工池で自然発生の藍藻と餌を食べさせる
天然の川底を模して黄色に塗り替えられた人工池の壁

「冬は海で過ごす稚鮎のために、池ひとつに対して約200kgの塩を溶かして海水と同じ環境にして、徐々に淡水をかけ流して順応させていきます。淡水は近くを流れる大山川の伏流水に近づけるため、50mから200mまで複数のボーリング工事で掘削し、それぞれを混ぜ合わせた管理をしています。常時、水車がまわっている人工池では、自然発生する藍藻と餌を一緒に食べさせており、池の壁の色も天然の色に近い黄色に変えました。鮎といえば黒のイメージが強いでしょうが、これを受けてウチの鮎は黄色がかった保護色になるんですよ」

現地の担当職員は、水質や給餌率、病気の予防など細やかな管理に神経を注いでいます。育ち具合を観察して、その都度、同程度の体長の鮎を振り分ける作業も行っています。先に大きく育った鮎が、まだ小さい鮎の餌を奪ってしまわないよう配慮しているからです。こうやって丁寧に育てられた鮎は順次、三隈川へ放流されていきます。

デリケートな魚だけに丁寧な扱いを心がけている
担当職員は水質、給餌率、病気予防と万全な管理を徹底
唯一無二の三隈川の鮎は“水郷ひた”の誇り

三隈川の鮎の最大の特徴は何でしょう。

「何と言っても大きさですね。やはり水がいいのでしょう。3ヶ月かけて育てた稚鮎を、最初に放流するのは3月上旬。よそと比べて比較的早いのが特徴でしょう。この時点では体長5cmですが、鮎漁が解禁となる5月には31〜33cmくらいまで育ち上がるのもいます。一般的には20cm前後ですから、いかに大きいかがわかるでしょう。ちなみに以前は琵琶湖から放流用の鮎を譲り受けていたのですが、三隈川で放流した鮎の方が大きく育ち上がると驚かれます。大学の先生によると、藍藻が良いのではないかと話されていましたね」

センターでは鮎の甘露煮の製造も手がけている
炭火により皮はパリッと、中は柔らかく焼き上げられる
塩焼き、刺身、鮎ごはん等、鮎づくしの名物・やな御前

自慢の鮎を、日田鮎やな場茶屋で賞味させていただきました。

毎年7月から11月初旬にかけてオープンする同店は、目の前を三隈川が流れる絶好のロケーション。コロナ禍で営業を控えていた時期もありましたが、現在は夏の人気観光スポットとなっています。店内に入ると、さっそく鮎の塩焼きならではの独特の香りが漂ってきました。

「鮎は“香魚”とも呼ばれ、スイカのような香りが楽しめます。やな場の鮎は焼き方にもこだわっていて、頭を下にしてクルクルまわしながら炭火で丁寧に焼き上げていきます。これにより吹き出る油が全体に染み込み、パリッとした皮の風味とふっくらした白身の旨味を楽しめます。店で提供する直前まで特殊な処理を施しているので、内臓の苦味もなく頭から尻尾まで食べられることも評判なんですよ。これだけで生ビールが2杯はイケますね(笑)」

薄くぶつ切りにしてポン酢で食べる背越し、3枚におろした刺身、さらには甘露煮、唐揚げ、鮎ごはんと、鮎づくしのメニューに大満足です。

「水害や環境の変化、さらには組合員の高齢化と課題はたくさんありますが、“水郷ひた”を代表する伝統の食文化を守っていきたい」

手島さんが日田漁協の組合長に就任して、2024年でちょうど10年。鮎に注ぐ愛情はまだまだ健在です。

頭から尻尾まですべて食べられると評判の日田の鮎

手島組合長にとっての鮎とは

子どもの頃から鮎と親しんできた身としては、1年をかけて育ちあげる鮎は、自分の子どもと同然です。料理だけでなく、友釣りを楽しむ釣り客も見ていると、自慢の我が子たちが誇らしく思えてきます。