工夫を重ねながら進化を続ける“育てる漁業”【養殖ブリ(佐伯市)】
有限会社 山伊水産 代表取締役社長 山田博一さん
ブリは成長に伴い呼び名が変わる(モジャコ、ハマチなど)ため、“出世魚”と呼ばれ、おめでたい席には欠かせない魚とされています。また家内安全・五穀豊穣・商売繁盛といった願いを込め、お正月のおせち料理の焼き物としてよく使われるのは、縁起だけでなく冬がもっとも脂がのった旬の時期だからです。
あまりご存知でない方も多いようですが、養殖ブリにおいては日本一の鹿児島県に次ぎ、大分県は全国で2位の生産量を誇っているのです。そのブリ養殖が盛んに行われている地域のひとつが、佐伯市の蒲江地区です。祖父の代からブリ養殖を営む山伊水産の3代目、山田博一さんの船に乗って、沖に浮かぶブリの生簀へと朝早くから行ってきました。
沖合にブリの生簀を設置するワケ
「他の地域では陸地に近いところに生簀を設置するのですが、私たち入津湾の漁師は沖の方に設置しているんです」と山田さん。入津湾を地図で見ると、星やヤツデの葉のように入り組んだ、リアス海岸ならではの地形を成しているのが分かります。おかげで豊後水道の荒波を防いでくれるため湾内は常に穏やかなのですが、一方で海水の流れが滞りがちになるので赤潮や貧酸素水塊などが発生しやすいという難点もあります。そのためこの地区では、新鮮な黒潮が流れ込む湾の沖合に生簀を設置するようになったのだそうです。
山伊水産も、沖合に15の生簀を設置。生簀にたどり着くと、そこには沢山のブリが悠々と泳いでいました。
「でも台風が来たときなんかは、生簀ごと湾内に避難させるんですよ。この作業が結構大変で。併せて、避難させる湾内は入口が狭く水の交換が良くないので、土砂などが堆積しやすく、植物プランクトンが増えやすいので、余計に赤潮なんかが発生しやすいんです。だから、将来にわたって養殖を続けていくためにも、湾内の環境を良くしていこうと、地域の青年部で植物プランクトンを食べるカキ養殖を始めようと思っています」
環境に合わせた養殖を行いつつ、より良い漁場にして次世代につないでいく。その姿勢に頭が下がります。
餌によって味わいが変わることが開発意欲を喚起
ブリの養殖は、5〜6月にモジャコとよばれる体重3~6グラムの稚魚を生簀へ入れるところから始まります。そこから約1年半をかけて5〜6キロまで育ててから出荷するのがひとつのサイクルになっています。
近年になって盛んに行われているのが、餌に独自の工夫を加えたブランドブリの開発です。大分県内でもカボスや麹、酒粕、ビール酵母などを餌に加え、味や肉質を良くしたブリが登場して人気を博しています。
「もちろん通常の養殖方法でも上質なブリが育つのですが、それぞれが研究と工夫を重ねていくことで、さらにおいしいブリが育ちます。切磋琢磨することで全体の技術が向上し、ブランドとしての価値が高まっていくのです」
大分県水産養殖協議会の青年部副会長という肩書を持つ山田さん。大分県のブリ養殖技術の向上に大きな手応えを感じているようです。
親の眼差しで我が子を育てるように
生簀に船を横付けると、エサの準備が始まります。
養殖魚のエサは、かつては近海で獲れたイワシなどの小魚をミンチや切り身にして与えていました。しかし、小魚の種類や大きさ等の違いによる品質の不安定さ、さらに大量の食べこぼしが海底に蓄積し、海洋汚染の原因にもなっていました。現在では、食べこぼし軽減や栄養バランスを考慮し、小魚を原料に必要な栄養素等を混ぜて作る半生タイプのMP(モイストペレット)と、乾燥タイプのEP(エクストルーデッドペレット)の2種類が主流となっています。人によってはブリの成長に合わせて2つの餌を使い分けるそうですが、山田さんは一貫してEPで育てています。
「十人いれば十通りの工夫があり、それぞれの考え方次第ですよ。最近はゴマを加えたEPを使用しています。ゴマの成分であるセサミンがブリの旨み成分を増やすんです」
エアー投餌機から生簀に餌が放たれると、水面が勢いよく波立ち、ブリが競うように餌を食べ始めます。その様子をジッと見つめる山田さん。先代からの教え「ブリを育てるなら、見る目を養え」を忠実に守り、餌を食べるブリの様子を注視するのです。
「魚は言葉を話さないし、水中にいるので様子が分かりにくい。餌を食べる動きや一瞬見える体の色の変化から体調を確認するのも、私たちの大切な役目です」
ブリへの愛情と優しさが、その表情にあふれます。
天然ものに引けをとらない 手間暇かけた養殖もの
以前は1尾まるごとで販売されていたブリも、最近は三枚に下ろされたフィレの状態で販売されることがほとんどです。実際のところ魚をさばく手間がなく、ゴミも出ないフィレは、現代の家庭事情に合ったブリの販売形態といえるでしょう。
蒲江地区では、養殖ブリをフィレに加工する大分県漁業協同組合の工場が建設中です。完成後は隣接する米水津地区の工場と合わせて年間100万尾の加工を目指しており、効率よく佐伯産養殖ブリが多くの食卓へと届けられるようになります。
「ブリに限らず、いまだに『魚は養殖ものより天然もの』 という人もいますが、現代の養殖技術は大きく進化しています。自分が理想とする味わいやサイズのブリを育てあげ、安定的に供給することが、この仕事の魅力であり、やりがいでもありますね」
“出世魚”の如く長年かけて国内でも有数の産地となった大分県の養殖ブリ。誇りをもって努力を重ねてきた漁師たちの心意気が、その原動力になっているのです。
山田さんにとっての養殖ブリとは
自分自身を成長させてくれるもの。きちんと見て、ブリを育てる。わからないことは、水産試験場を訪ねて知識を得る。トライ&エラーを繰り返しながら、自分もブリも成長すると思っています。