本当はウマい“海の厄介者”を調理する【アイゴ(佐伯市)】

やまろ渡邉 渡邉 正太郎さん

全国でも指折りの豊かな漁場として知られる佐伯市。ここは新鮮な魚が水揚げされるだけでなく、干物などの水産加工業も盛んな地域です。

佐伯市米水津に本社を構えるやまろ渡邉は、明治41年(1908)創業の老舗水産加工会社。受け継がれてきた干物作りの技と精神を守りつつ、最新の加工設備や衛生環境を取り入れることで時代のニーズに対応した味作りを追求しています。

伝統の加工技術でアイゴの旨みを引き出した「一夜干し」
ポリポリ食感の「トトジャーキー」は、おつまみに最適
磯焼けを促すアイゴは豊かな海を脅かす存在

同社の新しい取り組みが、アイゴを使った商品の開発です。

海藻が茂る藻場が減少・消失する「磯焼け」と呼ばれる状況が近年多く発生し、各地で大きな問題となっています。海藻が少なくなると魚が卵を産みつける場所がなくなってしまい、海から魚が減ってしまうからです。温暖化による海水温上昇など複数の要因が考えられますが、海藻を食べるアイゴなどの魚の増加も磯焼けの一因に挙げられます。ヒレに毒を持ち、市場で値がつかないアイゴは、漁師さんからすれば厄介ものの魚。網にかかっても捨てられることが多く、ほとんど活用されることがありませんでした。

これに着目した日本財団「海と日本PROJECT」では、アイゴを美味しく食べることで海の環境を守ろうと、2022年に「#アイゴプロジェクト」を始動。“食べるスープの専門店”として全国展開をするスープストック東京の須山裕之シェフが、スープの材料としてアイゴを使うことを思いつきました。その加工を依頼されたのが、やまろ渡邉です。

水揚げされたアイゴは、新鮮なうちに急速冷凍
“海の厄介もの”を美味しく食べられる魚へ

「アイゴは毒ヒレや臭みのある内臓をもつため、加工に手間がかかる魚です。ですがヒレや内臓の除去を丁寧に処理すれば、ふっくらと脂が乗った、とても美味しい白身魚として食べられるんですよ」

こう話すのは、やまろ渡邉の渡邉正太郎会長。長い歴史を持つ同社ですが、アイゴを加工するのは今回が初めてだといいます。「魚の特性を見極めさえすれば、それに合わせた加工をする自信はある。不安より新しいことに取り組む楽しさのほうが大きかった」と、開発を依頼された当時のことを笑顔で振り返ります。

アイゴは主に5月から8月の期間に、他の魚とともに刺し網や定置網などに入ってきます。水揚げされたアイゴはすぐに冷凍保存。冷凍で最高の状態を保ちつつ、9月に加工を始めます。加工の際は臭みの元となる表面のヌメリをアルカリ水で洗い、内臓もていねいに除去した後、フィレ(3枚おろし)に加工して一夜干しに仕上げます。

毒ヒレや内臓をていねいに取り除き、フィレに加工
加工品を通じてアイゴに対するイメージを払拭

やまろ渡邉が開発した「アイゴの一夜干し」は独特の臭みが抜かれ、天然塩だけで旨味を最大限に引き出したシンプルな逸品です。スープの出汁を取るためアラ(骨)なども同梱してスープストック東京へ発送。須山シェフはセロリや陳皮で風味づけを施し、ズッキーニやトマトなどの夏野菜を煮込んで、檸檬とサフランを用いて爽やかなブイヤベースのスープに仕上げました。このスープをイベントで提供したところ、多くの人に喜ばれたといいます。

渡邉会長は、大分県の皆さんにもアイゴの美味しさを広く知ってもらうため、積極的な活動を展開しています。2023年7月、地元・佐伯の“浦”の恵みを再認識する事業「佐伯ウラオモテアクト」のイベントで実施されたアイゴの試食会においても原料を提供し、当日はアイゴの唐揚げ「アイカラ」やアヒージョとなって参加者の顔を綻ばせました。

持続可能な開発目標(SDGs)の観点から、アイゴの調理に取り組む動きも始まっています。魚食文化に関連する食育事業に取り組む別府大学食物栄養学科では、学生たちがスープストック東京のレシピを参考にしたスープ作りにチャレンジしました。指導をした高松伸枝教授は、アイゴ料理について次のように話します。

「アイゴは植食性魚類なので内臓に磯の香りが残る特徴を持っています。身が柔らかくてクセのない白身魚なので、ブリやホッケのような旨味があります。やまろ渡邉さんの一夜干しは既に丁寧な下処理がされているので、フライパンでそのまま焼いても結構ですし、サラダやスープ、炒めものなどに用いることができます」

調理をした学生たちからは「干物を使うので調理がしやすい」「こんな美味しい魚が食べられていなかったとは勿体ない」「海洋環境の改善とSDGsに貢献できる」といった声が聞かれました。

アイゴ調理に初挑戦する別府大学食物栄養学科の学生
彩り鮮やかなアイゴと夏野菜のサフランブイヤベース
アイゴの可能性を見出し新しい価値の創造を

やまろ渡邉では2022年11月から「豊後水道のアイゴの一夜干し」と「アイゴのトトジャーキー」の販売を開始しました。

「私たち水産加工業者は、大切な海の恵みから新しい価値を創造する役目があります。今回の商品では、アイゴそのものが持つ価値を見出してもらえるよう、あえて手を加えすぎない加工品に仕上げています」

今回のプロジェクトを機に、渡邉会長は漁師さんたちへ「アイゴがとれたら廃棄せずに地元の魚市場へ出してほしい」と呼びかけるようになりました。その結果、初年度の2022年には2.5トン、2023年半ばには既に約6トンのアイゴを買い付けています。

「アイゴの漁獲量が上がれば、それだけ海の藻場が守れますし、漁師さんたちの収入増にもつながります。みんなで協力しながら故郷の海と水産業を守って、次の世代へ手渡す。それが私たちの使命でもあります」

その言葉からは、海への深い思いが滲んでいるように感じました。

厄介ものだったアイゴが、価値ある魚として市場に並ぶ

渡邉会長にとってのアイゴとは

未利用魚という言葉がありますが、それは人間側の勝手な呼び方です。そう呼ばれた魚は生きてきた価値がないみたいで、ちょっと可哀想ですよね。でも今回の取り組みで、アイゴは多くの可能性を秘めた魚になりました。どんな命にも価値があることを再認識されてくれた魚です」