ふるさと再生の切り札、大入島オイスター【養殖カキ(佐伯市)】

合同会社 新栄丸 代表 宮本新一さん

大入島(おおにゅうじま)は佐伯湾に浮かぶ、ひょうたん形の島。島といっても陸地から700メートルしか離れておらず、佐伯港からフェリーに乗ってわずか約7分で到着します。のどかな空気が漂う一周17kmの小さな島では海水浴やサイクリング、トレッキングが楽しめ、ちりめん・いりこの名産地としても知られています。

宮本新一さんは、この島でカキの養殖に取り組む合同会社 新栄丸の代表。日本で初めて「フリップファーム方式」を実践することでカキの養殖スタイルを大きく変え、「大入島オイスター」の生みの親として注目を集めている漁師です。

プックリと身が詰まった大入島オイスター。旨みが濃いと大人気。
カキ養殖は、大入島のため、佐伯湾のため

山間の豊富なミネラルを運んできた佐伯・番匠川の河口に位置する大入島は、カキにとって最適な生育環境を持っています。プランクトンをたっぷり食べ、1年以内に育ったカキはクセや臭みがなく、ジューシーで繊細な旨味を楽しめます。

一般的なカキの養殖は、カキの稚貝を付着させたホタテの殻をロープで海中に吊す「垂下式」という方法を採用しています。海中の栄養分を吸収しながら育っていくのですが、その一方で大量の付着物や成長の差による大きさのバラツキがあり、出荷の際に付着物の除去や選別作業が欠かせませんでした。

「この作業には膨大な時間を費やします。生産性が上がらず、このままでは仕事として成立しないと考えました」

それでも宮本さんがカキ養殖をあきらめなかったのは、カキが赤潮に強いことを知ったからでした。栄養が豊かな佐伯湾ですが、それだけに赤潮も発生しやすいという悩みもあります。赤潮とは海中のプランクトンが大量に発生して起きる現象で、場合によってはほとんどの魚介が死んでしまいます。ところがプランクトンを餌とするカキだけは、ほとんど影響がありません。むしろ、赤潮の発生を防ぐ役割を担ってくれるのです。

「手間がかかりすぎる作業を省力化させて生産性を高めていけば、大入島のカキ養殖はもっと伸び、佐伯の漁業全体にも好影響を与えられるのではないか」

そう考えた宮本さんは、「垂下式」に代わる新しい養殖方法はないか模索しはじめました。

バスケットから出され、出荷前のカキ。大きく成長した。
日本初のカキ養殖方式の導入にチャレンジ

そのなかで巡り合ったのが、カキ養殖が盛んなオーストラリアで行われている「フリップファーム方式」を用いた、シングルシードによるバスケット養殖です。

この方式では、フロート(浮き)付きのバスケットにシングルシード(=ひと粒ずつの種)の状態で稚貝を入れて伸び伸びと育てます。バスケットの中のカキは海中で揺られながら互いにぶつかり合うことで殻を削り合い、殻の成長に使われるはずだった栄養が身に集中することにより、小振りで形が良い、たっぷりと身の詰まったカキが育っていくのです。

「まずは陸上の水槽で稚貝を育て、6ミリに成長したらバスケットに入れ替えて海中で育て始めます。バスケットの網の目は5種類あり、成長にあわせて網の目が大きなバスケットへ移動させ、定期的に反転させて海上で天日干しにします」

こうして適度なストレスを与えることでさらに旨みが凝縮されるだけでなく、余計な付着物の発生も防げるという効果が得られるのだそうです。

「バスケットの反転作業は船上から専用の機械で行うため、重労働を課すことなく作業も省力化されます」

革新的な養殖方式との出会いに、宮本さんは「カキ養殖の可能性と地域の未来に光を見出した」と続けます。

海水を引き込んだ水槽の中には、大きさ2ミリのカキの赤ちゃんが。
約1ヶ月で6ミリ四方に成長すると、バスケットに入れて沖出し。
海上に並んだバスケットの列。これが新しいカキ養殖の風景。
業界の未来のために惜しみなくノウハウを共有

フリップファーム方式によるカキ養殖を導入した宮本さんは、そのノウハウを独り占めすることなく同業者に声をかけ、2016年には「佐伯市シングルシード養殖協議会」を発足します。同じ佐伯市内の鶴見・蒲江地区の漁師たちとも連携しながら、地域ぐるみでフリップファーム方式のカキ養殖を広げていく方策に取り組みはじめたのです。

「カキ養殖を産業として発展させるには、単独では無理。仲間と力を合わせて大きな動きにすることが大切です。ノウハウの共有や資金調達、機材の貸し借りなど、仲間たちと協力しあいながら効率よく動くことで生産量が上がり、それぞれの地域に活気が生まれていくことを願っています」

協議会では地元で漁業や養殖業に携わる者だけでなく、全国から視察に来た同業者にも現場を案内し、情報を公開しているとのこと。後継者不足が深刻化するなか、若手の育成にも繋げていきたいとの思いもあるそうです。

バスケットの反転も船の上から。力仕事ではないので働き手の負担も少ない。
大入島オイスターを世界ブランドへ

取材で訪れた大入島の海面には、バスケットを繋いだロープが25本も並んでいました。一本のロープには、カキが入ったバスケットが約250個も付けられているとのこと。現在は週2〜3回、4〜5時間ほどの天日干しを行い、10ヶ月ほどで出荷しています。

天日干しで太陽に当てる時間を工夫することで、味が全然違ってくるんですよ。そこが難しいのですが、やりがいの源泉にもなっています」

日本で初めてフリップファーム方式で養殖された大入島のカキは、2019年には「大入島オイスター」というブランド名で豊洲市場などに出荷されはじめました。その評判は瞬く間に広まり、全国的な知名度も高まりつつあります。

「将来的にはドバイなど遠くの国にも輸出する計画を進めていきたい。天日干しにより、貝柱が鍛えられているので長距離輸送にも耐えられ、中東へも生のまま空輸できるんですよ」

小さな島に誕生したカキ養殖は、大きな夢の物語の実現に向け、着実に歩み始めているようです。

ほとんど付着物のない美しいカキが育つ。
バスケットは耐久性が高く、汚れもつきにくい。管理するのも楽だ。

宮本さんにとって、カキ養殖とは

稚貝の頃から見ているので、子どもみたいな存在ですね。死んじゃうと悲しいし、大きく成長すると嬉しい。愛情を込めて育てています。