殿、カレイなる魚が届いたでござる!【城下かれい(日出町)】

兄弟船の漁師 北野 和貴さん(兄)・北野 総司さん(弟)

兄・和貴さん(左)、弟・ 総司さん(右)

食通にとって垂涎のブランド魚、日出町の城下かれい。日出城の下から湧き出る真水で育つため、その名が付けられており、江戸時代には庶民が食すと罰せられ、“城下”ならぬ“城中”の殿様しか食べられないので「殿様魚」とも称されていたそう。参勤交代では将軍家に献上されており、閏年の端午の節句には船や早馬を乗り継いで生きたまま江戸城へ届けたという逸話もあります。あまりにも莫大な費用がかかるため、「生きた城下かれい便」はすぐに打ち切られ、以降は干物を献上していたそうですが…。このようなカレイなるエピソードが飛び交う超高級魚、城下かれい漁にお供させていただきました。

多くの美食家をうならせる天下の高級魚・城下かれい
梅雨に入ったらピークを迎えます

取材に協力してくれた漁師さんは、北野和貴さん、総司さんご兄弟。演歌「兄弟船」のリアル版ですね。お二人とも漁師歴30年を超えるベテランです。

実は取材当日は既にかれい漁のピークを過ぎた7月下旬。「獲れんかもしれんよ」と言いながらも気持ちよく引き受けてくれたお二人に感謝します。船上では兄の和貴さんが解説をしてくれました。

かれい漁が始まるのは毎年4月から。この時期は海水の温度がまだ低いので、早朝から昼過ぎまで漁を続ける日もあります。5月中旬開催の城下かれい祭りを過ぎたら、いったん落ち着き、梅雨になって再び水温が下がってきたら、もっとも旬の時期になります。多い時はひと網に10匹も掛かることもありますね。そこから7月半ばを過ぎると、次第に減っていきます。魚は水温に敏感ですから、ちょっと上がっただけでもピタッと獲れなくなるんですよ」

城下かれいという名前はブランド名であり、正式名称は「マコガレイ」。北限は北海道南部で、大分県は南限の地とも云われています。他の地域は9月頃まで漁が続きますが、城下かれいは旬の終わりが早く、漁の期間も短めなのです。

日出城址下の海底から湧く真水で育つことが名前の由来
シーズン中は早朝から漁師たちで賑わう大神漁港
城下かれい漁を支える伝統の建て網漁

大神漁港を出港し、さっそく沿岸近くで漁をはじめました。3日前に沈めておいた300m以上に及ぶ網を総司さんがローラーで引き上げ、掛かった魚を和貴さんが取り外していきます。そこには海底近くに生息していた底物の生き物が、たくさん掛かっていました。

「アカシタビラメ、キジハタ、エイ、サメなど、多種多様な魚が掛かってきます」

その後、いくつかのポイントをまわりましたが、お目当ての城下かれいは最後まで見あたりませんでした。

和貴さんに城下かれい漁で使う網のお話を聞きました。

「日出の漁師は、伝統的な『建て網漁』でかれい漁を行います。『沖建て漁』ともいい、独特の3枚網を海に沈めるのです。まず魚が30cmくらいの粗い網目を通り抜け、そこから細かい網に巻かれて袋状になって動けなります。かれいは大人しい魚だから、そこで抵抗しないのですが、素早いから逃げられないように網を張っておかねばなりません」

かれいの習性をよく知っておかないと、そのさじ加減は難しそうですね。

「小さなかれいが獲れた時は、逃がすようにしています。先代から『量を獲るより質を良くしろ』と、常々言われていましたからね。ちゃんと育ちあがるまで待っとけと。他の漁師たちの考えも一緒です。漁の期間も含めて、日出の漁協では厳しい取り決めをして、全員がその決まりを守っています」

鹿鳴越連山から別府湾に流れ込む清水が美味しさの秘密
伝統の建て網漁で別府湾の恵みを魚を掬い上げます
フツーをフツーじゃなくする“魔法の清水”

鹿鳴越(かなごえ)連山を背景に、例の“真水”が湧くという城下公園の周辺まで船を進めてもらいました。

「実を言うと、日出の海は至る所で海底から地下水が湧いているのです。糸ヶ浜海岸では海底から泡がぷくぷく湧き上がってくるのが見られますよ。山田湧水をはじめ名水スポットが多い日出町では、水道水をそのまま飲んでも美味しい。その水が小川の底砂利で浄化されながら、別府湾に流れ込んでいくわけです」

伏流水が塩分を薄めた汽水となり、それが海藻やプランクトンを豊富に発生させます。そこに呼び寄せられた小エビなどを餌に、城下かれいは成長していくのです。

その姿は、全体に丸みを帯びたプロポーションで尾びれが広く、逆に頭部は小さい“小顔美人”。他の地域のマコガレイが黒褐色とすれば、城下かれいはエメラルドグリーンに近い体色なのも特徴です。

ただし城下かれいそのものは、全国で獲れるフツーのマコガレイと変わりません。ところが、ひとたびお刺身を口にすると、その“フツーじゃない美味しさ”に感動します。泥臭さが一切なく、淡白で上品な甘みが広がり、弾力があって歯ざわりもいい…。

これらはすべて、日出の自然環境から産み出された貰い物なのです。

大きな尾びれに小さな頭と丸みのある体型が特徴
日出にしかない“海の至宝”を守るために

残念ながら城下かれいの漁獲量は、護岸工事や地球温暖化の影響で、近年は減少傾向に陥っていました。そのため日出町では2000年から中間育成施設でマコガレイの稚魚を育て、放流を開始しました。2011年からは稚魚の成長に必要なアマモの保全活動も行っています。大神漁港を後にして、当施設の日出町農林水産課の小川浩さんを尋ねました。

「冬に産卵されたマコガレイの稚魚は、8槽の大型水槽で約8万匹を育てます。放流後、2年で25cmくらいまで成長しますよ」

さらに、アマモの研究水槽も見せてもらいました。稚魚の隠れ場や餌場となるアマモは“海のゆりかご”とも呼ばれます。茎の部分を噛むと甘みがあるから、この名が付いているのだそうです。

「日出の沿岸にあったアマモ場は急減しているため、施設では近隣の天然藻場から採取したアマモを毎年6,000株ほど移植しています。移植したアマモは水中で白い花を咲かせ、地下茎を張って増えていきます。このほか、採取した花枝の種子を使った播種(はしゅ。種まき)にも取り組んでいます」

城下公園には、歌人・高浜虚子が城下カレイを詠った句碑があります。
「海中に 真清水湧きて 魚育つ」

天下の美味と讃えられる海の恵みは、日出町の自然環境と地元の漁師さんや関係者に支えられているのです。

稚魚の成長を促すアマモの保全活動に力を入れています
中間育成施設で育てられているマコガレイの稚魚
日出沖に放流された稚魚は美しく育っていきます
北野兄弟にとっての城下かれいとは

父親から受け継いだ漁師の仕事ですが、二人とも日出の海で鍛えられてきました。たくさん獲れる魚の中でも、城下かれいは子どものような存在。日出の海から生まれる、自慢の我が子です。